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江戸~明治時代の教科書

電子展示:寺子屋の学習と往来物

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4. 消息型の往来へ

次第に漢字や熟語類に慣れると書簡の形式へと階梯は進む。

商売往来』  刊年未詳・半紙本 [本文画像を見る]

商売往来』 (図1) 1732(享保17)年刊・大本 [本文画像を見る]

は堀流水軒の手に成るもので、1694(元禄7)年の成立とされる。一編の書簡の形をとりながら、商売上必要な語彙を習得させるのが目的である。後にはそれぞれの語彙に絵を添えたもの(絵抄)や、

商売往来』 幕末頃刊・中本 [本文画像を見る]

のように頭注に「諸礼之図抄」その他の諸知識を盛り込むことも行われた。


このように書簡の形をとりながら、その中に配された語句を習得させる往来の中で、最もポピュラーなのが『庭訓往来』である。南北朝から室町時代頃に編集され、江戸時代を経て明治の初年に至るまで約5世紀にわたって使用され続けたものである。江戸時代を通して、南北朝時代の僧侶玄恵法印(『太平記』の編集にも関係したといわれる)の著作であるとされてきたが、現在は疑われている。1ヶ月に往返2通ずつと「八月十三日状」を加えた25通からなり、衣食住から職業、武具、仏教その他豊富に語彙が盛り込まれている。

庭訓往来』 1658(万治元)年刊・大本 [本文画像を見る]

庭訓往来』 (図2) 1689(元禄2)年刊・大本 [本文画像を見る]

庭訓往来』 1726(享保11)年刊・大本 [本文画像を見る]

は主に手本として編まれたものである。このような形で広く利用されたが、一方で本往来は撰作時代が古く、江戸時代の庶民の生活実感とは隔たった部分もあったため、

庭訓往来諺解大成』 1702(元禄15)年刊・大本 [本文画像を見る]

のように注釈書が早くから出され、

庭訓絵抄』 1688(貞享5)年刊・半紙本 [本文画像を見る]

庭訓往来図讃』 1699(元禄12)年刊・半紙本 [本文画像を見る]

などの絵抄も多く出された。また、幕末には、

庭訓往来絵抄』 (図3) 元治年間(1864-65)刊・中本
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のように絵を文中に入れるタイプも出された。


以上のように語彙の習得を基本とするものから、次には書簡文そのものの練習に移るが、書簡文例集の中で最も長い間流布したのは


風月往来』 (図4) 1759(宝暦9)年刊・大本 [本文画像を見る]

である。また、幕末の頃には戯作者と呼ばれる人々が手がけた書簡文例集も少なからずある。

大全一筆啓上』 1817(文化14)年刊・半紙本・式亭三馬
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婦人手紙之文言』 1820(文政3)年刊・半紙本・十辺舎一九
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児女長成往来』 (図5) 1823(文政6)年刊・半紙本・十辺舎一九 [本文画像を見る]

女中用文玉手箱』 1853(嘉永6)年刊・半紙本・山東京山
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この他にも滝沢馬琴や為永春水などもこれらと同様な用文章類を書いており、当時の戯作者たちの意識を探る上でも興味深い。



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