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江戸~明治時代の教科書

電子展示:寺子屋の学習と往来物

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2. 「いろは」から漢字へ

寺子は入門すると「いろは」から手習いを始める。多くの場合、師匠が手本を書いて与え、寺子はそれを臨書した。紙は貴重であったので同じ草紙に何度も書いて筆の運びを覚えた。

[習字帖]』 (図1) [本文画像を見る]

師匠が与えた手本を綴じたものである。「いろは歌」を習った寺子はその素養を活かして漢字の世界へ入っていくことになる。

七ついろは』 (図2) 幕末頃刊・中本 [本文画像を見る]

「い・ろ・は・に………」とそれぞれ同音あるいは同訓を持つ字を6つずつ集めたもので、集められたそれぞれの漢字にはまた別の音・訓が施されている。項目の頭は「いろは」から「京」、及び「一」「十」で構成され、「いろは歌」から漢字(単字)、数字まで学ぶことが出来るように工夫されている。

1657(明暦3)年刊『尊円流大字板七ついろは』が刊行されたものとしては最も早い例であるが、需要の多いこともあって、その後も多く刊行され続けた。また、『八体いろは』や『十体いろは』など、『七ついろは』を改訂・増補したものも出回った。

七ツいろは並絵抄』  幕末頃刊・中本 [本文画像を見る]

幕末には色刷りの絵の入ったものも刊行され、ともすると飽きやすい年少者の心を手習いに向かわせる工夫も試みられた。なお、幕末の洋学流行に乗じて、アルファベットをともなった『七ついろは』が登場する。

          

英学捷徑七ツいろは』 (図3) 1867(慶応3)年刊・中本
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濁音、半濁音を加え、末尾は「京」ではなく「ん」となっている。アルファベットを利用することで、「七ついろは」の伝統から脱し、実質の音韻に基づこうとする姿勢が見られる。

童蒙英学初歩』 (図4) 幕末頃刊・中本 [本文画像を見る]

絵の中の詞書や序の漢文が、左から右に読むようになっている。幕末から明治初年頃には、このように洋装本と和装本、縦書きと横書きの混乱が見られる本がある。



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