1. ホーム
  2. 資料を知る
  3. コラム:学び いま・むかし(2)『庭訓往来』の魅力の一端
 
 






江戸~明治時代の教科書

コラム:学び いま・むかし(2)
『庭訓往来』の魅力の一端

《 前へ ||  || 学び いま・むかし(1)へ 》


  

このほかの理由として、作者と考えられていた玄恵法印に対する信仰とでもいうべきものがあったのではないかと思われます。玄恵は、『建武式目』の制定に関与し、『太平記』の作者の一人と目され、狂言の大蔵流の祖と伝えられています。事実はともかく、江戸時代にはそのまま信じられていました。玄恵は碩学才叡の僧として崇められていたのです。玄恵の著作物であればとにかく有り難いもので、学ぶ価値のあるものだという感覚があったのではないでしょうか。

同時に、伝統的なものに対する規範意識も働いていたのではないかと思われます。江戸時代の人々が古いものを尊ぶ傾向は今よりもよほど強かったようです。古くから人々が伝えてきたものはそれだけで価値がありました。先代も先々代も学んできたものは、本人の意向にかかわらず、学ばなければならないものでした。

さて、もう一度『庭訓往来』の語彙の提示の仕方に注目したいと思います。先述の弓矢の勝負は、次々と言葉を羅列していくものでした。『庭訓往来』の構造上の特色は、

類別単語集団をはさんで二つに分割された手紙文の半分ずつを首尾の両端にすえ、つなぎ合わせるとまとまった一通の手紙文となる
(石川松太郎『往来物の成立と展開』

と解説されていますが、この「類別単語集団」はいずれも単語の羅列です。単語の羅列を用いる往来物は、『庭訓往来』以外にも多数ありますが、この単語の羅列という形式自体に意味があったのではないかと思われます。

そこで、この単語の羅列の伝統に目を向けてみたいと思います。『枕草子』の「もの尽くし」は有名ですが、『平家物語』などによく出てくる武具・馬具の詳細な描写、『太平記』などの戦闘参加者の氏名の羅列などを思い出すと、どうも、意味内容を伝えるよりも、並べること自体に目的があったのではないか と考えたくなります。言葉の羅列を多用しているものに、室町物語(御伽草子)の『鴉鷺合戦物語』があります。これを見ると、

          
烏に同心誰[たれ]々ぞ。先[まづ]、鴻[こう]の大和守、鶏漏刻[ろうこく]博士、雉[きじ]左衛門尉、山鳥、山鴫、鵄[とび]出羽法橋定覚[ほっけうぢやうがく]、梟の木工允[もくのじよう]、木菟[みみづく]、むさゝび、日鷹、夜鷹、ちぶり、樫[かし]鳥、浦島があけてくやしき筥[はこ]鳥や、誰か吹くらん筒[つゝ]鳥の、声もけうとき特牛[ことゐ]鳥、鵜[う]、(年と鳥の合字)[たう]、田うすべ、鷭[もず]、時鳥、鶫[つぐみ]、しなへ、(列と鳥の合字)[てらつつき]、ひえ鳥、椋[むく]鳥、番匠鳥、しめの判官盛[はうくわんもり]国、しとゝにとりては赤しとゝ、てうのかしら、みぞはしり、これらの勢を先[さき]として、………
(岩波新古典文学大系『室町物語集』上, [ ]部分は振り仮名)

と、まるで並べることを楽しんでいるかのようです。古浄瑠璃や近松門左衛門以降の浄瑠璃でも、「○○尽くし」、「○○揃え」という一くだりを設けて同じカテゴリーの言葉が並べられますし、そもそも「道行き」は道すがらの地名の羅列です。落語『黄金餅』では下谷から麻布までの町尽くしが展開されますが、これも見事な羅列です。

このように眺めてみると、軍記読みなどの「読はなしみ」、浄瑠璃などの「語り」、落語の「噺【はなし】」など、声を発して表現するものと言葉の羅列とは相性がよいようです。  黙読に偏り、意味内容を貪ることに終始する現代の我々の読書の仕方からはなかなか想像しにくいのですが、声にのって並べられて耳に届く単語の連なりは、心地よい魅力的なものだったのではないでしょうか。この言葉の羅列の魅力もまた、『庭訓往来』の寿命を延ばした要因の一つだったのではないかと思われます。


(丹 和浩 【たん かずひろ】 | 故人・本学附属高等学校大泉校舎教諭)

《 前へ ||  || 学び いま・むかし(1)へ 》